INTERVIEW

Interviewer / 矢島大地

--ハッキリ書いておきますが、オフィシャルインタヴューなのにKAITOさんが何故か欠席です(笑)。

Ryosei(Ba&Vo)「何故か来ないですねえ(笑)」

--来ると信じつつインタヴューしましょう(笑)。まず、敢えてベタな質問から始めます。どうしてJasonAndrewというバンド名にしたんですか。

Ryosei「俺とタカギが高校入学時に同じクラスだったんですけど、入学と同時にクラス全員のLINEグループが既にあったんですよ。当然のように全員が入ってる『〇〇高校1年◯組』みたいなグループが。で、俺のルーツは親父の影響で聴いていたBOØWYやBzとかなんですけど、高校入学当時は洋楽のパンクロック……たとえばGREEN DAYとかが好きだったんです。それでクラスのLINEグループに入ったら、GREEN DAYのマイク・ダーント(Ba)をアイコンにしているヤツがいて。それがタカギだったっていう」

タカギユウスケ(Gt&Cho)「同じバンド好きなヤツがいたら、絶対ハモるはずだって思うもんね」

Ryosei「そうそう。だからその翌日、学校に行ってから速攻でタカギに会いに行って。それが高校1年生の春だったんですけど、その年の年越しでタカギの実家に遊びに行ったんですよ。その時に『バンドやろうぜ』って誘ったのがこのバンドの始まりでしたね。タカギはギターを触ったこともなかったんですけど(笑)。じゃあバンド名はどうしようかっていう話になって、お互いGREEN DAYが好きだから“J.A.R.(Jason Andrew Relva)”から取っちゃおうということになり。それでJasonAndrewという名前に決めました」

--タカギさんはどういうふうにGREEN DAYを好きになったんですか。

タカギ「完全に親の影響なんですけど--僕が中1の時に『SUMMER SONIC』でGREEN DAYが来日したのかな。それを家族全員で観に行ったんですよ。親がGREEN DAY大好きだったので、英才教育ですよね(笑)。そこから大好きになりました」

--GREEN DAYというバンドの音楽が好きになったのか、これがパンクロックなんだ!っていう衝撃だったのか、どういう感じだったんですか。

タカギ「GREEN DAYに出会うまでは音楽をそんなに聴いてこなかったので、そもそもGREEN DAYが『音楽との出会い』みたいな感じだったのかもしれないですね。親から『サマソニ行くから聴いとけ!』って渡されたのが『International Superhits!』で。それを意味もなく聴き続けていたので、いざ現物を観た時の衝撃が凄かったのかもしれないです」

--Ryoseiさんは、BOØWYやBzがルーツだったところから、どんなふうにパンクロックを好きになっていったんですか。

Ryosei「父親がBOØWYのファン、母親がBzのファンで。俺が知った頃にはBOØWYはもう解散してましたけど、氷室(京介)さんのライヴには連れて行ってもらってたんですよ。それでBOØWYや氷室さんをよく聴いてましたね。で、そこからパンクを好きになったのは……WOWOWで氷室さんのドキュメンタリー番組を観ていた時に、たまたまGREEN DAYの“Basket Case”のMVが流れたんです。当時の俺からすると『ヘタクソだなぁ』っていう印象でしたけど、でも周囲の人が聴いているのとは違う音楽を知りたい好奇心が強かったので、試しにGREEN DAYを聴いてみようと思って『AMERICAN IDIOT』とかに手を伸ばしてみて。そこからスルメのように海外のパンクロックにハマっていきましたね」

--ムーさんはサポートメンバーを経て今年の5月にJasonAndrewに正式加入されましたが、どういう音楽からの影響を受けてきた方なんですか。

ムー(Gt&Vo)「父親の影響でIron Maidenを好きになって、ハードロックやメタルをよく聴いてました。中学生になってからは、友人に教えてもらったHi-STANDARDをはじめとした日本のパンクロックを好きになっていって。そこからSUM41とか、海外のポップパンクもよく聴くようになりました。メタルとパンクを並行して聴く感じだったので、その合わせ技であるSUM41はめちゃくちゃ最高でしたね」

--SUM41は、メタルの要素にしろパンクロックの要素にしろ、コテコテな部分を掬い上げて混ぜ合わせているバンドですよね。で、コテコテなものをコテコテなまま合体させると凄くポップなものになるっていうことを表している音楽だと思うんですよね。過剰なくらい振り切ると、むしろ誰にでもわかりやすくなるっていう。

ムー「ほんと、やり過ぎなくらいの混ぜ方ですよね(笑)。アイコニックな感じも好きだったし、SUMはギターのフレーズもシンプルで簡単じゃないですか。僕は中学生からギターを弾いてたんですけど、これならできる!って思ったんですよ。メタルはどうしてもギターが難しいけど、パンクのフレーズなら弾けるっていうのがよかった。コードが弾けなくても——僕がコードを弾けないっていうのが今まさに問題になってるんですけど(笑)」

--ああ、そうか! 確かにムーさんのギターはずっとフレーズを弾いてますよね。それがJasonAndrewの曲の個性になってると思うんですけど。

ムー「そう言ってもらえると嬉しいです。でもメタルやハードロックから始まっているがゆえにリフばっかり弾いてきたので、パワーコードをジャーン!と鳴らすプレイが自分の中になくて(笑)。G弾いて!って言われたら指の形はわかるんですけど、ちょっとマイナーなコードを言われたら全然できないんですよ。コードがどうっていうより、タブ譜で指の位置を見る方法しか知らない(笑)」

--こういうギタリストとしてのキャラクターが楽曲の彩りになると考えて、正式加入に至ったんですか。

Ryosei「いや……?」

--ははははははは!

Ryosei「コードが弾けないっていうのも、後から発覚した事実だったんですよ(笑)。めちゃくちゃ弾けるギタリストではあるけど、技が特殊っていうか。加入したきっかけも、ムーが元々やってたメタルバンドとJasonAndrewがよく対バンしてたっていうのが大きくて。ムーがいたバンドのヴォーカルが同い年だったのもあって、距離が近かったんですよね。で、俺らは去年メンバーが抜けて、すぐにメンバー募集をかけたんですけど、View From The Soyuzっていうバンドのドラムから『推薦でひとりいる』と言われて。それがムーだったんですよ。めちゃくちゃ対バンしているバンドだし、よく知っているギタリストだから、面白いなと思って」

ムー「俺を推薦してくれたView From The Soyuzのドラムは、僕の小中高の同級生でもあるんですよ。だから、よく知ってくれている人間が僕を推薦してくれて。そういう繋がりだから僕も面白いと思いましたね」

Ryosei「それで深夜のサイゼリヤでムーと話して、すぐにデビュー戦が決まりました」

--ムーさんから見ると、当時JasonAndrewはどんな印象でした?

ムー「同世代でこういう音楽をやってるのはヤバいなって思ってました。パンクロックだし、オルタナティヴだし。1曲1曲の個性が強くて、それぞれの曲でいろんな要素が混ざってるのが面白かったですね。それまで私がいたのはメタルを背景にしたシーンで、どうしてもジャンル的なテンプレートを突き詰めていく向きが強かったんですよ。曲のキャラクターというよりは、ジャンルとしての美しさを磨いていく感じだった。でもJasonAndrewは1曲の中でも展開していくし、ライヴの中でいろんな遊び方ができるので。そこが強烈な存在感になってると思います」

--このバンドは、どんなふうに曲を作っていくんですか。

Ryosei「2パターンあって。俺の頭の中にあるメロディをスタジオに持って行って、セッションで仕上げていくのがひとつ。もうひとつは、KAITO(Dr)が打ち込んだフレーズと構成を広げていく形。今回のアルバムの曲は、その2パターンがほぼ半分ですかね」

--4曲目の“Reach”はセッションでできていった感じですか。

Ryosei「はい。これは完全にジャムって作りました。本当はこのアルバムに入れる予定がなかった曲なんですけど、ライヴの流れを考えた時に、こういうタイプの曲があったら面白いだろうなと思って」

--これは凄くいい意味で申し上げるんですが、今作の中で“Reach”は割と浮いていると思うんですよ。でもこの曲の浮き具合が、JasonAndrewというバンドの武器を表していると思ったんですね。2ステップを踏めるリズムを、オールドスクールなハードコアの形式としてではなく、楽しくダンスできるリズムにして鳴らしている曲だから。

Ryosei「あー、なるほど。曲を作る時は、まずフロアで何が起きるかを想像するんですよ。いかにダンスできるか、いかに自由に楽しめるか。ハーコーモッシュだって、あれは様式美ではなくダンスのひとつなので。そういう発想が、“Reach”のダンサブルな感覚に繋がったんだと思います」

--ハードコアもメタルもメロディックパンクも一気に食っていくところが面白いわけですけど、先ほど伺ったそれぞれの音楽的な背景から、バンドをやりたいという気持ちになっていったのは自然なことだったんですか。

Ryosei「俺はパンクに食らってから自然とバンドをやりたくなっちゃった」

タカギ「俺はRyoseiに言われたから、ですけど(笑)」

Ryosei「そうね(笑)。それで言うと、俺の場合、楽器を始めたのは中学1年生で割と早かったんですよ。バンドは組んでいなかったけど、BOØWYの松井常松さんに憧れてダウンピッキングをベンベンやってて。俺は実家がマンションなんですけど、隣に引っ越してきた高橋さんっていう若い夫婦がいて、高橋さんの部屋がずっと音楽を流していてうるさかったんですよ。それで、あまりにうるさいから親父が突撃して、うるさいですよって言いに行って。それで高橋さんが出てきたら、部屋の中で親父が知っているような音楽がガンガン流れていたみたいで。結果、高橋さんと仲よくなっちゃったんですよ(笑)」

--ははははははは。

Ryosei「そのまま家族ぐるみの付き合いになっちゃって、当時小学生の俺も高橋さんの家に遊びに行くことが多くなったんですよね。で、高橋さんは元々バンドをやっていた人だったので、家にギターが置いてあったんですね。それがカッコよくて、ギターを弾きたくなってしまって。でも全然上手く弾けなくて、代わりにベースを買ってもらって。ベースを買ったなら、やっぱりバンドをやりたいじゃないですか。ギターと違って、ひとりで嗜む楽器でもないから。それで中3の文化祭で1日限りのバンドを組んで全校生徒の前で演奏した時に、脳汁がブワーッと出たんですよ。これをやらなくちゃって直感的に思って。その結果、こうなったっていう(笑)」

--輝けることを知ったということですよね。バンドというものは何が素敵だったからバンドをやりたいと思ったんですか。

Ryosei「結局、ライヴが好きなんですよ。GREEN DAYだって、楽曲自体に喰らったというよりはライヴの映像を観て衝撃を受けたので。バンドっていう形で行われるライヴ。その熱量が好きだったんだと思います」

--で、ここまでみなさんの音楽遍歴を伺ってきましたが、何故この音楽になるのかがわかる部分と、何故こうなるのかが全然わからないっていう部分が両方あって。

Ryosei「はははははは。そうですよね」

--俺の世代で言うとStrike Anywhereのようにメタリックでメロディックなハードコアとか、もうちょっとポップパンク寄りで見るとRufioなどの匂いもしてくるんですけど、それをあくまでポップな歌に仕上げていこうとするところがJasonAndrewの面白さだと思うんですね。ここまでポップス的なメロディを入れるのは、いわゆる「ハードコア」の美意識からはハミ出ている部分かもしれないし、メロディックパンクとして語るにはミクスチャー過ぎると思うし。スカもダブもやりつつ、歌モノとして聴ける楽曲に着地させていくところにJasonAndrewならでは美意識が見えるんですけど、ご自身はJasonAndrewをどんなバンドだと考えていますか。

Ryosei「オルタナティヴっていう言葉が一番近いんじゃないですかね。そもそも『オルタナティヴ』って、いろんな選択肢っていう意味じゃないですか。なので、オルタナティヴ・メロディック・ハードコアっていう感じかのかな。いわゆる90年代の『オルタナ』っていうジャンルじゃなくて、いろんな選択肢を採りたいっていう姿勢。それが俺らの音楽になってる気がします。メタルもカッコいいと思うけど、でも様式美は大嫌いなんですよ。そういうふうに、好きなものがあっても、その音楽の範囲にこだわる必要はないから。たとえばKAITOも、歌謡曲から連なるV系の感じとか、メタルとか、J-POPとか、いろんな音楽をとにかく食いまくってる人間なんですよ。そういう素養が入ってくることで、メタリックでハードコアな俺らの部分にポップさが生まれてくる気がします。“Close Your Eyes”の、いきなり3拍子になるギターソロの部分。あそこもKAITOが考えたもので、どこかポップでわかりやすい感じが入ってくるんですよ」

ムー「この曲が一番大変でしたね(笑)」

--ギターソロからシャウトパート、そこからブレイクダウンに叩き落とすっていう。力技で持っていく展開だけど、そこがユニークですよね。

タカギ「『新しいハードコア』っていう言葉も、ただ言葉を変えてるだけだとは思うんですよ。でも今は、メロディックならメロディック、ハードコアならハードコアっていう分離がどんどん加速している状況があって。それぞれのライヴのスタイルも確立されてきて、精神性的にも別のものと考えられるようになってきたからそうなるんでしょうけど。でも俺達は両方好きだから、両方やりたいっていうだけなんですよね」

--分離してきているものを、どうやって接着させてると思います?

ムー「ひと言で言ったら、ライヴを『パーティー』だと捉える感覚ですかね。遊び場を作るっていう感覚。Ryoseiさんが言っていたように、フロアにいるお客さんの気持ちになって曲を作ってるのが大きいと思うんですよね。実際、曲を作ってる最中に『一旦、お客さんの気持ちになってみるわ』とか『想像してみるわ』とか言ってますし(笑)。お客さんに楽しんで欲しいっていうよりは、この曲で俺はどんな遊び方をしたいかな?っていうイマジネーションが第一になっているから、ジャンル的なバウンダリーがそのそも必要ないんでしょうね。やっていても、観ていても、遊び場っていう言葉が似合うバンドだと思います」

Ryosei「曲を作っている最中に目をつぶって、フロアを想像するんですよ。風景が浮かぶ曲はいい感じに仕上がるし、風景が広がらなかったらその曲はボツにしちゃう。そういう基準でやってますね」

--遊び場だけだったら、腐るほどあるとは思うんですよ。街にも、インターネットにも、ストリーミングサービスでも遊べる。だけどバンドという形で遊び場を作りたいのはどうしてなんですか。

ムー「確かに、金のかからない遊び方はいくらでもあると思うんですよ。でも金がなくなるまで酒を飲んで、バカ騒ぎして、それで月曜日からビシッと働く生き方のほうがカッコいいと思うので。だから音楽、バンド、ライヴで遊び場を作り続けたいです。それに、俺らの思う『ライヴ』って、一番垣根がない遊び場だと思うんですよ。どんな人でも遊びに来られるし、どんな人が来ても拒まない。あくまで人と人で繋がって、場所ができていく。そういうのが好きだから、ライヴっていう遊び場を作りたいですね」

--Ryoseiさんは「オルタナティヴ」という言葉でJasonAndrewを表現してくださいましたが、たとえば“Vintage II”を聴いていても、スカとダブをサイケデリックな色彩で混ぜ合わせて、ポップなメロディでまとめていくじゃないですか。そういうふうに、普通はナシなものをアリにしていけるのがご自身にとっての快感であり、あらかじめ決められたものの外側に道を見つけに行くという意味での「オルタナティヴ」なんだろうなと思って。こう言われてみて、いかがですか。

Ryosei「まさに、そういう感覚でやってます。たとえばJ-POPで言っても、そういうことをやってると思うんですよ。表面的にはポップスの体裁をとっていても、分解してみたらハードコアなものが見つかったりする。要は、音楽って解釈が無限大なものだと思うんですよね。だったら様式美にとらわれる必要がないし、先輩がやってこなかったこと、先輩がやろうとしなかったことでも俺らはやっちゃえばいいと思ってる。なので、パンクとかハードコアの先輩達からしたら、ダサいって思われる要素もたくさんあるとは思うんですよ。曲の途中でスカを入れるのも、昔だったらミーハーとか『いなたい』とか言われただろうし。でも最終的にライヴが楽しければよくない?っていう感覚でいるし、誰もが自由に遊べる場所を作れるほうがカッコいいじゃんっていう感じなんですよ。様式美を大事にしてるだけのものを見ても、囚われてんじゃねえよって思う。たとえばゴリゴリのハードコアバンドがいきなりR&Bをやるなんて今まではNGだったわけですけど、TurnstileやRegulateみたいなバンドはそんな常識を持たずに自分達だけのハードコアを突き詰めたから、あそこまでデカいバンドになったと思うんですよね」

--壁を壊すとか、線を超えるとか、そういうことじゃない。あくまで自分達の持っているものを突き詰めれば、自ずとオリジナルになるっていうことですよね。

Ryosei「そうそう! 守られてきたものを壊したいんじゃなくて、どんな音楽だって、新しい形として在っていいんです。人類誕生からとてつもない歴史がある中で、音楽なんてどれだけあるんだよっていう話じゃないですか。だとしたら、何かをなぞってるだけじゃ面白くない。たまには『変だ』って言われるヤツらがいたほうがいいですよ」

タカギ「もちろん先人へのリスペクトはあるんですけど、JasonAndrewの場合は、アイディアがどんどん浮かんできて、それをすぐに試して表現できるのが面白いんですよ。これはナシじゃない?っていうリミッターがないから。メンバーそれぞれ解像度の違いはあれど、これが好きだっていう気持ちでどの要素も消化してきてるんですよね。様式美っていうのも、言い換えれば精神性ですけど、それはそれでカッコいい。貫いている人もカッコいい。だけど俺らが貫くべきは、好きなもの全部に嘘をつかないっていう姿勢だと思ってます」

--今のお話を解釈すると、上の世代へのカウンターのつもりではやってないわけですよね。一方、遊び場を作りたいっていう気持ちで言うと、この世界にはあまりに退屈だから自分達で場所を作らないとどこにも行けないっていう感覚なんですか。

Ryosei「これは俺個人の話になってきますけど、B.B.STREETっていうライヴハウスで働いているのが大きい気がしますね。治外法権もいいところなんですよ(笑)。この前なんて、酔っ払ったおっさんがドラムセットに突っ込んでて。ガシャーン!ってなったんだけど、みんなでドラムセットを直して、またライヴを再開して。治外法権って言うと『何でもやりたい放題』って捉えられるかもしれないけど、そもそもの大前提は、誰も嫌な思いをしないっていうことなんですよね。それぞれの責任で遊んで、困ったヤツがいたら助け合える。そういう自治の働く場所こそが『遊び場』っていう言葉になると思うし、俺らがやりたいのはそういうことなんです。逆に言えば、そういう助け合いとかがない世界にはなってきてると思うし、だからこそライヴが俺らにとって一番大事なんだと思います。その精神性、人と人っていう大事な部分を見誤らなければ、ジャンルなんて関係ないんですよ。その気持ちをお客さんと交換してるだけなんですよね。それがそのまま、曲に出てるんじゃないですかね」

--まさに。各々が自分に責任を持って遊ぶから楽しいんだよねっていうことですよね。それこそ自治の感覚だと思うし、何かを拒むために場所を作るわけではなくて、自分の選択でここに来たんだっていう人を広く迎え入れるために必要な気持ちで。もっと言えば、自分の言葉にすら責任を持たず、傷つけ合いまくっているだけの世界に必要なのもそういう気持ちなんじゃないかなって思う。

Ryosei「本当にそう! 死ぬかもしれないっていうギリギリのところまで行って、その上でみんながハッピーな気持ちになれるからハードコアが好きなんですよ。で、そこまで行くからこそ生きてる実感が生まれる。それを『ルール』じゃなくて、あくまで一人ひとりの良心で成立させているところに美しさと魅力があるんですよね。死ぬかもしれないけど、死んでもいいって思えてしまうのも人間くさくていい。だからこそ、その間口を広げられたらいいなって考えてるんでしょうね」

--ハードコアに惹きつけられたのは、どういうきっかけだったんですか。

Ryosei「俺とタカギで、新宿アンチノックに行ったのが最初でした。DRADNATSを観るために『DAIGO FES』っていうフリーのイベントに行ったんですけど、入ったら三重のFACECARZっていうバンドが演奏していて。そこで初めてハードコアモッシュを見たんですよ。怖っ!と思ったんですけど、でもそこからハードコアのカルチャーに惹きつけられてしまって。悪い大人達が遊んでる感じが魅力的だったし、起こっている現象自体は暴力的なのに、助け合いながらやってるピースな空気にグッと来てしまって。ハードコアが自分の中で大きな要素になっていきましたね」

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